■1 ストレリチア■
「ストレリチアが、死んだ……?」
 瞬く間に、その知らせは姉の耳にも届いた。
嫁いだばかりの妹、ストレリチア。いつもおとなしく彼女の後ろに隠れ、まるで硝子細工の薔薇のように儚く美しかった妹。
病がちの体を労り、小鳥と戯れ、楽の音に耳を傾けることを何よりの楽しみとしていたその妹が、自ら命を断った。
信じられなかった。
 やっと駆け付けたアクラシエルの前に横たわっているのは、安らかに眠る妹の、あまりに儚い死に顔。
冷たくなった骸との対面は、悲しく辛く、彼女はその場に、妹の眠るベッドの脇に泣き崩れた。
白く薄明るい霊暗室に、アクラシエルのすすり泣く声がこだまする。


「ルミエール殿、なぜ妹があんなことを?  お心当たりがございましたら、どうぞお聞かせ願えませんか?」
 妹の夫だったルミエールの、塞いだ顔を見るなり、彼女は静かに問うた。
「分からない……。それを聞きたいのは私の方だ。私は夫として、男としてストレリチアを愛していた。何が不満だったのか、どうしてこうなってしまったのか、私にはどうしても分からない」
 その言葉に、嘘はないと思った。
確かに病弱で気も弱いストレリチアを娶りたいと言ったのは、ルミエールの方で、ストレリチアも彼の好意を受け、納得の上に、二人は婚礼の儀式を開いたばかりだった。
 誰もが、彼等の姿を幸せの象徴だと祝福した。ついこの間の出来事だ。 
それが、なぜ……。
「口数の少ない人だった。いつも儚く微笑み、私の愛に答えてくれた。それが、それがなぜ……」
 失意のどん底にあるルミエールを置いて、アクラシエルはヨロヨロと立ち上がった。
 どうして何も言ってくれなかったのだろう。
なぜ一言の相談もなかったのだろう……。
 ストレリチアが婚礼の儀を迎え、次期竜王になる弟の側近もすでに決定した。
城では次期竜王、弟ライウェンの婚約者である竜姫の公表が秒読み体制になったと言うのに、その幸せの矢先に、なぜ。
 彼女の死を悼み、幼い銀の髪と金の瞳を持った双子が両親と共に慰問に訪れたのは、その日の夜遅くになってからだった。
 随分久し振りに思えた。家族が一同に揃うなど、ここ数年なかったのではないか。とくに弟と妹が生まれてから、その数は激減していた。相変わらず花のような母親、竜王妃の美しさをすべて引き継いだ、この幼い双子の美しさは、群を抜いて他を寄せ付けない。
「ストレリチア、起きないの?」
 あどけない純粋な疑問に、竜王妃の金の瞳から大粒の涙が溢れた。
「可愛そうな娘……。もっと母が側にいてあげれば良かった……」
 その安らかな頬を撫でた竜王妃の、悲痛な叫びに似た囁きに、幼子は不思議そうに眠ったままの姉を見つめている。
「ねぇアクラシエル、ストレリチアはどうしちゃったの?」
 その場の雰囲気で、恐らくこの聡明な少年は何が起きたかを理解し、それを悟られまいと、子供らしくあるべきだと演じている。
「ストレリチアはね、死んじゃったのよ」
「お姉ちゃま、死んじゃったの? 死んじゃったって、どういうことなの?」
 幼い妹の傾げる首の可愛さに、アクラシエルは我慢できなくなり再び堪えていた涙を流し始めた。
「父のお兄様がいらっしゃる場所へ行かれたのだよ」
 竜王の静かな声がそう告げる。
 子供心にも、会えないのだなぁ、という漠然とした想いが広がる。不思議なことは、勝手に涙が溢れてくることだった。
 長寿の彼等に、死は無類の悲しみを与えるのだろうか。
 妹のタルティーヌがポロポロと涙を流す横で、ライウェンは悲痛な面持ちのまま彼女の手を握ったまま黙って唇を噛み締めていた。
 次の日、慎ましやかにストレリチアの葬儀が執り行なわれ、彼等は喪に服する期間へ入った。その間は、皆がそれぞれ無事転生を行えるように、どこかで再び出会えるようにと、一心に祈り願う。
 幸なのは、ストレリチアの死に顔にうっすらと死微笑が浮かんでいたという事実。
 自ら死を選び、それでも微笑んでいられた娘の幸せな死姿が、残された者の唯一の救いであったかに思われた。


←Back ・ Next→


数万種類のお香の中から国内の製品にこだわって昭和12年から商いを続けております。
日本のワビサビがかもし出したお香の世界をどうぞお楽しみください。お香ねっと