■2 レールデュタン■
 その日、国民は歓喜に沸いた。
竜王殿下と竜姫の誕生に、彼等は祝福を投げる。
 幼いながらに美貌と知性に恵まれた殿下と並ぶは、愛らしい人形のような少女。
そのあまりに美しい姿に、彼等国民は竜の特質である欲求を満たされる。
皆揃って美しいものを無条件で愛するという特質。ゆえに竜王たる者、竜姫たる者は秀でて美しく、というのが暗黙の了解といっても良かった。
 その点この幼い二人はすでに人望を得たと言っても過言ではないかに思われた。
 そう、二人の婚約を誰もが祝福し、将来を羨んだ。
ただひとり、姫君の兄を除いて。
「冗談じゃない。あの子はまだやっと八つになったばかりなんですよ? 婚約だなんて、一体何を考えているのです?」
 妹同様けぶるような金の髪を振り乱し、レールデュタンは険悪に言い放った。
「しかしね、あの子は生まれながらの竜姫なんだから仕方無いだろう? 生まれる前に決定し、そう躾られて来た。それはお前も良く知っているだろう」
 と、父親に諭されればもう何も反論は出来ない。竜姫は竜王か、竜王の側近と血縁でなければならない。もし万が一のことがあったときの対処のためだ。その点で言えば次期竜王の側近に決定した二人もに、共に彼等の血縁者である。
 おまけに竜王家直属でもない限り滅多に生まれない金の瞳となれば、もうこれは完璧な条件と言えよう。
 現に代々の竜姫の瞳はその八割りを金目であるという事実もあるくらいだ。
「金目が大事なら殿下の妹君も確か金目、ならば兄妹で婚約でもなんでもすればいい」
 などと、いい加減気を紛らわせるためだけの、妙なことを口走る彼の前に、叔父が座った。
「馬鹿なことを……。あの妹姫はすでに我が下に嫁ぐよう取り計らっておる」
 と、その言葉を聞いた瞬間、レールデュタンの視界が一気に暗転したかに思えた。
 馬鹿な……、殿下も妹君も、妹と同じ年。八つになったばかりの幼女ではないか……。そ、それを自分の父の兄である叔父が婚約、だなんて。
「あの姫は美しくなるぞ。竜王妃様のように美しくなられる」
 得意そうに頷く叔父の幸せそうな顔に、さすがの彼もフラフラとその場を離れた。
 竜族では良くあることだ。そう言ってしまえばたやすいが、それが叔父と、妹と同じ年の、しかもその婚約者の妹となると、当然彼は眩暈に近いショックを覚える。
 目にいれても痛くないほど愛していた妹が竜姫になる。それだけでもショックなのに、殿下の妹に早くも手を出したのが実の叔父だなんて、彼は今、世界一不幸な気がしていた。
 そして、彼の不幸などお構いなく、ストレリチアの喪が明けたのち、竜姫となった妹アタラクシアは、城に移り住むこととなり、時間だけは確実に流れて行った。


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