僕等を繋ぐ物
〜あなたへ募る愛しさ抱きしめ〜
4 独り言


 ネルナーサは空を眺め、うっすらと微笑みを浮かべた。
「来る……か」
 呟いたのは、アシフェルだった。
「アシフェル兄様……」
 空に向いていた瞳は、その呟きを耳にするなり兄にまっすぐに向けられた。
「良い。そのような悲しい目をせずとも……な。分かっていたのだ。そなたを見付ける前から……」
 アシフェルは寂しい微笑みをネルナーサに向けた。
「兄……様……」
「何も申すな……」
 アシフェルは立ち上がり、ティリロモスに一際明るく朝日のような輝きを放つ光神の住まう城の最上階から姿を消した。
 彼はある部屋へ向かって歩いていた。歩きながら考え、答えの用意された自問を繰り返す。
 長い廊下の突き当たりに閉ざされた扉がある。もう随分と手を掛けなかった扉。
 彼は閉ざされた扉を開き、その向こうの空間に視線を遊ばせる。
「闇の城……か」
 城主不在の城への連絡通路。光と闇は、その城でさえも隣接され、互いの住居を行き来することも可能であった。しかし今は閉ざされたまま、主人のない無人の館。彼は久し振りの広い城内を迷うことなくひとつの扉の前まで進むことができた。
 扉は彼が軽く触れただけで中へ押し開く。
 もう長いこと使われていないというのに、その部屋にはメイジスラジアの影が残っているように感じられた。
 かつて良く妹と語り合ったメイジスラジアの部屋は、今もそのまま彼を迎えた。
「メイジスラジア……」
 微笑んで虚空に呼び掛ける姿はあまりに寂しいものだった。
「メイジスラジア、お前はもうどこにもいない。あの時は、二度と戻らない事を私はわかっていたが、同時に恐れていた。ひとりになることを誰よりも恐れていたのだよ。私はお前しか愛せないのではない。お前しか私を理解してはくれぬ。お前以外に、私をわかるものがいない……。お前を手放したくなかった。誰にも渡したくはなかった。誰も、私達の間に入ってこれぬと信じていたかった。どうしてお前の望むものをこの私が拒めよう。ルヴェリーゼを失った時、お前を二度と失うまいと私は誓った。メイジスラジア、最愛の我が妹……」
 たとえ神々が、このティリロモスが滅びようと、世界は世界のまま、彼等の愛した人間の命が有り続ける限り、我々の恩恵もまた永遠に彼等を見守り続けるだろう。
 神という地位を捨てたとしても、生み出したすべてのものは変わらない。闇と美の女神メイジスラジアの存在が消えた今も、闇が世界を慈しむように、美が人の心を掻き立てるように、生まれたものは永遠に命を持ち続ける。
 アシフェルはメイジスラジアの部屋を出ると、その扉を封印した。
 光の呪縛が扉を覆い隠す。その様子を見守っていた彼は、眼を伏せた。が、再び歩き出したその時には、すでにいつもの凛とした、気高くも美しい光神の姿に戻っていた。
「来た、か……」
 顔色ひとつ変えることなく、彼は小さく呟いた。
 ティリロモスの空気が大きくざわめき、訪問者のあることを彼に知らせている。
 闇の城に光の神がゆっくりと歩みを進め、来客を迎えるために再び光の城へ戻ってく。 ネルナーサは不安げに落ち着きなく瞳を泳がせていた。
「どうしたね? 来るのだろう。あの者が」
 その様子に静かな声が問い掛ける。
「ええ……。でも……」
 彼女は不安で仕方無かった。
「何も心配することなどないのではないか? 約束を果たしに来るのだから」
 穏やかに微笑み彼は告げた。


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