僕等を繋ぐ物
〜あなたへ募る愛しさ抱きしめ〜
3 ドラゴンの住む場所


 ミドウラナの大地に足を下ろした彼等の前に、一羽の舞い飛ぶ鳥の姿が現れた。

 ミドウラナで彼等が選んだ港は、町からも城からも距離を置く、ただ船着き場があるだけの通常の者なら使用しないであろう寂しい場所であった。
 この港を使う者達は皆公に出来ない何か、理由のある品物を扱うか、人の多い港では忌み嫌われる物品などを扱うような、盗品や売り買いされた少女や少年を連れた連中ばかりで、人とはあまり関わりを持たずに早々にも港を出発して行く。
 そんな中に 二人の姿が紛れていた。
 怪しい者達が思い思いの方向へ旅発った後、彼等もその港を後にした。
 港のすぐ側は海と僅かに広がる草原のほか、行く手に見える林の影があるだけでそこには道さえもない。
 彼等は林を通る街道へ出るため、見晴らしのいい草原を歩いていた。草原は潮風を受けややべとついた湿気を帯び、気持ちのいいものではなかったが、林に入ってからは潮風も届かず、日の光も木々が柔らかく防ぎ、彼等の進むのを助けていた。
 そんな時だった。
 彼等の前に幾重にも尾を翻した怪鳥が現れたのは。
 木々の間を旨く交わしながら大きな鳥は彼等の頭上を、行ったり来たりを繰り返し何かを伝えようとしているかのように飛び回る。
「サア……?」
 セウリラーザが立ち止まり呟いた。
 確かにそれは、ケセナ王家の紋章ライダの象徴でもある幻の怪鳥サアに間違いない。だが、サアという鳥は幻鳥であって実際には存在しない筈の鳥。
 その幻が着いてこいとばかりに彼等を急かしている。
 セウリラーザはギウォーグに意見を求めたが、ギウォーグの態度は決めるのはお前だといわんばかりの物で、彼がどう出るか待っているだけだった。ギウォーグの妙に落ち着いた態度にセウリラーザは逆に戸惑い、暫く考えた後に大きく頷いた。
「サアについて行こう」
 その一言でようやくギウォーグが微笑むと、少年は安堵の息を付いた。
 二人は怪鳥サアの後を追いかけ林の奥へと進んだ。
 街道を突っ切った彼等の前に、小さな泉が沸き出す静かな日だまりが現れた。急激な光の密度の濃さに彼等の目が一瞬眩み、ようやく目が慣れた頃、サアの姿は消えていた。
 日だまりに、彼等は思いも寄らない物を見出だす。
 それは彼等の呼吸を一時止める程、そして、彼等の心臓を早鐘のように打ちならすほどの物。
「ラーラッセル……」
 セウリラーザが一歩それに近付いた。
 それは、静かな、それでいて力強い嘶きを上げ主人を見つめた。
「エシャ……」
 ギウォーグの腕が、白い毛並みに抱き着いた。
 それらは光の中に浮かぶように立つ、二頭の馬だった。
 ラーラッセルは黒の魔人を乗せた見事な黒馬。
 エシャは銀の幻影をその背に草原を走り抜けた白馬。
 それぞれ大切にしていた彼等の愛馬の姿がそこにあったのだ。
 馬の黒く澄んだ綺麗な瞳が主人との再会に喜びの色を浮かべ、物言わぬ彼等が首を大きく振り、背に乗れと合図を送る。
 愛馬の合図に彼等は何のためらいもなくその背に飛び乗った。
 馬は一度天高く響き渡る嘶きを上げ、風のように走りだした。
 二頭は付かず離れずして一定の距離を保ったまま、目も開けられない程の速さで世界を走り抜ける。
 馬の背は暖かく柔らかだったが、彼等は彼等の馬がこの世の馬でないことを感じていた。
 あれから数百年の時が過ぎ、彼等自身が違う肉体を持つ別の人間に生まれ変わっているのに、馬がそのまま時を過ごしている訳などない。それでも彼等は嬉しかった。何も彼もが過去と今を繋ぐ糸になり、彼等を運ぼうとしている。すべて女神の意思なのか、それとももっと何か別の力なのかそれは分からないが、たった一言を、彼の言えなかった一言を伝えるために彼等は走る。


 セウリラーザは不意に目覚めた。
 高い天井が視界に入る。
 ここは どこだ……? 朦朧とした意識の中で彼は天井を眺めていた。
 広く柔らかいベッドに寝ていることに気が付き、今までのことはすべて夢だったのかと自問してしまうほどの曖昧な目覚めに、彼の意識はなかなかはっきりしなかった。
 暖かな毛布の感触が直に肌に当たっているような気がして、気怠さを押して上半身を起こした。案の定彼の上半身は何も身に付けていなかった。
 何時脱いだのだろうか。どうも記憶がはっきりしない。ふと横を見るとそこにギウォーグの姿があった。彼もまた何も着ていなかった。
 隣で寝ているギウォーグをじっと見下ろしながら、事の異常さにだんだんと気づき始めた彼は、突然我に返ったように目覚めた。
「ギウォーグ、起きてよ!」
 少年は隣で寝ているギウォーグの肩を揺すり、彼を起こしにかかった。
「ん……ん」
 彼は少し間を開けて、ゆっくりと目を開けた。
「セウリラーザ……?」
 どうやら彼もまたぼんやりしているらしい。
ギウォーグはゆっくりと覚醒しつつも、部屋を見渡し、彼はここがどこか良い階級の屋敷内だと判断する。家具のひとつにも壁に掛かる絵にも、その額にでさえ、類を見ない物ばかりだった。とてつもない広さを持つベッドを這い出て、彼はベッドの脇に置かれた台の上にきちんと畳まれた衣類を見付け、少し躊躇ってから、勝手に着込み始めた。
 それに習いセウリラーザも彼の着ている服の隣に置かれたもう一揃えの服に袖を通した。
 どうやら彼等の為に用意したものらしく、サイズもぴったりだった。
 着替えを済まし、それによって適当な運動効果か加わったためか次第に彼等の頭はすっきりし始める。
「ねえギウォーグ? 定かじゃないんだけど、大きな神殿を見たような気がするんだ。夢かもしれないけど、ラーラッセルに乗って、僕等古い廃墟の神殿を飛び越えて、その次ぎの瞬間に大きなクリスタルの神殿を見たような気がするんだ。──記憶がなんだかはっきりしないんだけど、見たような気がするんだよ」
 ベッドの縁に腰掛け、少年は記憶の断片を語る。
「私もそれは見たと思う。しかし、ここはどこなんだ? なぜ我々は眠っていたんだろう。それにエシャやラーラッセルはどうしたのだ?」
 結局の所、彼等は馬に乗り、風のごとく走り、古い神殿を飛び越えた後、巨大なクリスタルの輝きを放つ神殿を見たような気がするという所までの記憶しかなかった。
 不意に通常では有り得ない程の高さと幅を持つ扉が静かに開いた。彼等がその大きさに壁だと思っていた程の大きな扉から入って来たのは、扉とはまるで正反対の大きさの小さな少女だった。
 まさか此処で登場する人物が幼い子供ということはないだろうと言う思い込みもあって、扉や部屋の広さ、それに大きな家具の比率で小さく見えるのだ、と納得しようとした矢先に、それが錯覚ではないと思い知らされた。その子供の後ろに立つ女性の姿は、確かに成人女性だと一目で理解できたのだから。
 しかし、普通に考えて、この場合前に立つ幼い子供が主と言うことだろう、と彼等は納得せざるを得なかった。
「お目覚めになりましたのね? セウリラーザ様とギウォーグ様でしたわね。私リーゼと申します」
 やはり主なのかリーゼと名乗った少女は黒く裾の長い衣服に身を包み、黒い瞳で微笑んでいる。肩で綺麗に揃えられた髪も、妙に明るい黒を連想させる娘だった。
「どうして僕たちのことを?」
 セウリラーザの問いに彼女はにっこり微笑んで小さく小首を傾げる。
「来ることは分かっていましたもの。ドラゴンが必要なのでしょう?」
「どうしてそれを……?」
 驚いたように聞き返した。
「ネルナーサ様からね、お願いがあったの。あの方は反対したんだけど、どうしてもって私が我が儘を言い張ってここへお呼びしたのよ」
 喋りながらもこの娘はよく笑う。
「あの方って?」
 セウリラーザが人懐っこいのかリーゼが人を引き付けるのか、すっかり彼等の雰囲気は馴染んでいた。
 その姿にギウォーグがひとり付いて行けないのか、黙って成り行きを伺っている。
「カリュッセの王よ。とても優しい方なの。だから貴方達にドラゴンを貸して下さるって」
「ドラゴンをっ?」
 少年の顔に喜びが花開く。
 その後ろで、ギウォーグは先程から少女の後ろに静かに佇む女性の姿とその存在が気になっていた。ずっと黙ったままじっとそこに立っているだけの、腰に剣を下げた剣士のような姿の娘。
「ありがとう。ねぇ、ところで僕らの服や、僕等を乗せていた馬は……?」
「ラーラッセルとエシャなら元気よ。あんまり元気が良すぎちゃってカリュッセに入るのにちょっと失敗しちゃったの。湖の中を駆け込んで来てしまったから、あなた方のお洋服が濡れてしまって、とりあえず脱がせて着替えを用意させておいたの」
 笑みがさらに広がる。
「そう。どうもありがとう。僕たち何がなんだかわからなくって」
 セウリラーザが素直な感想を漏らした。
 不意に後ろに立っていた娘がリーゼに何かを耳打ちした。その内容は分からないがリーゼは困ったように小首を傾げた。
「リーゼ様っ!!」
 その途端に、勢いよく細身の少年が緩く編んだ長い髪を靡かせ、ブーツの靴音を響かせながらマントを翻しやってきた。
「あら、ティユ……」
 剣幕に対して、あまりにのんびりした対応をする少女はどこか抜けているのかという感じだ。
 その少年が来ることを事前に知っておきながら、それでもにっこり笑っていられるなんて……。どう見ても怒鳴られることは明白なのに。と、セウリラーザは心の中で心配そうに眉をよせていた。
 それでも不思議な光景をみるように、成り行きを見守っていた。
「まったく貴女という人はっ。何も貴女自らここへやってくることなどないでしょうに……。ラー達が探していましたよ。また何かなさったんですか?」
 腕を組み少女を見下ろす少年の瞳は疑いの色がはっきり出ていた。
「失礼ねぇ。今日のところはまだ何もしていないわ。ドラゴンのこと頼んでおいたの」
 少し拗ねたように口をとんがらせ、背後の女性を振返ると、彼女は少し頭を下げて見せた。その動作を確認した少女は、再びセウリラーザに向き直り、にっこりと微笑んだ。
「では、また後でお会いしましょう。すべての用意が整い次第お迎えに参りますわ。その前に貴方方の服を持ってこさせましょうね」
 いい終わるとすぐに少女は部屋を出ると、すぐに扉が静かに閉じた。
 彼等は知らぬ間にカリュッセへ来ていたらしいことを初めて知った。今の少女が何者なのか理解出来なかったが、彼等に好意を持っていることは多分確かだろう。
 カリュッセが実際に存在していた事も驚きだが、古い物語に登場する翼有せし民でもなく、外見は彼等と変わらず拍子抜けだった。
「とりあえずドラゴンはなんとかなりそうだね。ティリロモスへの道は自然と開けて行くみたいだよ。導かれているって感じだよね」
 現状にすんなり対応したセウリラーザが確信を持ってニコニコと、少年らしい意見を述べているところに、コツンコツンとノックの音が響く。
 二人が身構える間もなく扉は開いた。
「リーゼ様からの申し付けにより、お召し物を持って参りました」
 同じ格好をした娘がふたり部屋へ入ってきた。手に彼等の着ていた服がきちんと畳まれている。
「あ、ありがとう」
 それらを受け取り礼を述べた途端、娘等は早々にも部屋を出て行こうと一礼する。決められた動作のように綺麗に揃った足並み。
「あーっ、待ってっ」
 セウリラーザが呼び止めた。
「はい。何でしょう。何なりとお申付けください」
 娘等は立ち止まり、振り向くとゆっくりした口調で答えた。
「い、いやちょっと聞きたいことがあって……いいかな?」
 ひとりが頷き、ひとりが一歩前へ出る。
「はい。私どもにお答えできる限り、何なりと」
 どうも彼女等の喋りはのんびりで、悠長な物腰や動作のひとつに至るまできっちりと同じように教育されているらしい。
「あのリーゼって子は、ここの娘さん?」
 ここでもギウォーグは黙っていた。
 娘のひとりが驚いたように、しかし楽しそうに首を振った。
「いいえ、とんでもございません。リーゼ様はこの世でただおひとり、我らが王の后となられる大切な御方でいらっしゃいます」
 その答えに彼等はつい顔を見合わせ、首を傾げてしまった。
「でも、そのわりにはさっきの剣士らしい男の子は気さくに喋っていたみたいだけど」
「ティユ様のことをおっしゃられていらっしゃいますなら、あの方は特別ですわ。それにティユ様は、立派な女性でいらっしゃいますのよ」
 後ろのもうひとりの娘も笑っている。
 どうもセウリラーザ達には理解しがたい物があるようだ。
「じ、じゃあ、あのリーゼの後ろにいた女の人は?」
「ああ、あの方は何時でもああしてリーゼ様の側に付き守っていらっしゃるのですわ」
「そう、リーゼ様ったら方向音痴でいらっしゃるから、広い城内で迷ってしまわれるといけませんので、ああしていつも付いていらっしゃるのです」
 益々彼等の頭では理解出来ないレベルへと向かう。しかし、確かにあの娘なら城の中で迷子になることなど造作もなさそうなだけに、言葉を失う。
 それにしても随分と過保護なことだ、とギウォーグは半ば呆れ掛けていた。あの娘を后に迎えようなどと言う王の顔を見てみたいものだ。口には出さないまでも微妙な表情でギウォーグはそれを物語っていた。
「ねぇ、リーゼの言っていたネルナーサって誰のことなのか知っていたら教えてくれないかな」
 彼はその名にまったく聞き覚えがなく、なぜカリュッセまでの案内を手配してくれるのか心当たりがない。しかしその問いにふたりの娘は困ったように顔を見合わせている。
「私達には分かりませんわ。直接御本人にお聞き下さいまし」
「ああ、ちょうどお迎えの方がいらしたみたいですから、私達はこれで下がらせて頂きます」
 ふたりの娘はそう言って扉の外へ出たまま壁際に立ち、深々と頭を下げて動こうとしなかった。
 微かに響いている靴音。彼女達は敏感にそれを感じ、すでに迎える準備をしているらしい。まだ相当距離があるだろうに。
 そこでふたりは彼女らの持ってきた自分達の服に大急ぎで着替え、脱いだものをきちんと畳むとベッドの上へ置いた。
 ちょうど彼等の支度が済んで間もなく、大きく響いていた靴音が止まり静かになった。 扉の前にひとりの男が立っていた。
 男の目は人を威圧するには充分過ぎる程の眼力があるのではないかというほど人に圧力を掛ける。さらに身にまとった長く重たい黒のマントや漆黒の髪と瞳の色、長身の体格の良さが重圧感を増している。これだけの広い空間にありながらその存在を見事に主張している。
「お迎えに参りましたわ。ドラゴンの用意が出来ましたの」
 ひょいっと男の後ろからリーゼが顔を出した。男の肩より小さなその身長は、親子程も違って見えた。
「この者達か? ドラゴンを使いたいと申しているものは」
 低い静かな声がリーゼに向けられた。
「ええそうよお兄様。ネルナーサ様のお願いなの」
 その会話から、このふたりが兄妹だと知った彼等は、その事実をあまり認めたくないように思ったが、まあ世の中様々な兄弟がいる、という無理やりな理由を付けて納得した。
「あ、あのリーゼ? ネルナーサって誰のことなの?」
 セウリラーザは少々ためらいがちに、兄だという男の視線に気を配りつつ疑問をぶつけてみた。
「話ながら歩きましょう」
 そう言って兄を見上げると、微かに男が笑ったような気がした。そしてその男を先頭に彼等は部屋を後にした。部屋の外には相変わらず深く頭を下げた娘がふたり、彼等を見送っていた。
 長く薄暗い廊下に規則正しい靴音と、リーゼとセウリラーザの話す声だけが大きく響いているように感じられた。
「じゃあ……ネルナーサは、ラリアディスの言葉を待っていると思っていいんだよね」
 隣を歩くギウォーグに同意を求める。ギウォーグはその真剣なまなざしにふとおかしさが込み上げ微かな笑みを浮かべた。しかし、その微笑みは彼の中にあるデューリシオスという人格が漏らした物だった。
「なに? なんで笑うの?」
「いや、気にするな。デューリシオスがお前をみて笑っただけだ。深い意味などありはしない」
 その言葉通り、彼の中の、銀の幻影は姿形、それに物腰から物言いまで全ての点で変わってしまった少年に対し、微笑ましく思っただけなのだ。同時に幼い頃のラリアディスの姿が思い出され、懐かしさに思わず微笑まずにはおられなかったのだろう。
「さあ着きましたわ」
 リーゼの声にいつの間にか彼等は建物の外を歩いていたことを知った。話に夢中になっていたために気付かなかったらしい。
 今、彼等の眼の前には大きなドーム状の屋根が着いた建物に言葉を失ってしまった。まず想像しがたい大きさ、広さであることは確かだ。
 眼を見張り、首を傾げるふたりを尻目に、見るからに仲の良さそうな兄妹はさっさと建物に近付いていく。
 側で見るとその建物の異常な大きさに再度驚く。彼等の住む世界では考えられないような高さと幅を持つこの建物の入り口は、いったいどのようなものが出入りするというのだろうか、と言うほどにとてつもない広さを有している。
「リーゼ、この建物はなに?」
 圧倒されたようにセウリラーザが尋ねた。
「竜舎よ。ここには五頭のドラゴンが入っているの。どの子もみんな優しいわ」
 にっこり微笑んだリーゼはその足で竜舎へ駆け込んでいく。
「ほらぁ、早くぅ」
 振り返り彼等を手招きする姿の後ろに、ふたりの影が奥から姿を現わした。彼等が着いたその時、影に見えていたの物が全身を黒に統一した衣装を身に纏い、右手を胸の前に据えた物静かな老人と、静かな光を秘めた眼を持つ男性の姿であると理解した。
「ようこそ竜舎へ」
 なんとも手慣れた堂々とした挨拶が老人の雰囲気に重なり、場を和らげるようだった。
「お待ち申し上げておりました。飛竜の準備はすべて整っております」
 男の案内で彼等は螺旋に続く階段を上り始める。その階段は竜舎の入り口脇に据えられた物だった。
 階段を上り切った場所は、また広い円形のフロアになっており、均等な間隔を明けて扉がついている。城の中の扉ほど大きな物ではなく、ごく普通の扉だ。
「こちらです」
 老人が先頭に立って 扉に手を掛けた。
 ゆっくり開いてゆく扉の向こうに、灰色とも緑とも付かない、見ようによっては茶にも見えるような不思議な色合いの巨大な翼を持った大きな生き物がいた。その巨大な翼で身を包むように蹲っている。
「これが……ドラゴン……?」
 その姿は今までに彼等の見たこともないような姿と色をした、澄んだ赤い眼をくりくりさせたおとなしそうな生き物だった。
「ドラゴンのどれもが人を乗せ飛行できるとは限りません。同じドラゴンの中でも取り分け大きく、そして力のあるもの。そして気性の優しい従順なものとその規定は大まかなものから細部に至るまであり、その全てをクリアし、全ての訓練を終えたものだけがこの竜舎へ入ることが許されます」
 眼光鋭い男が説明しながらドラゴンの背の方へ回った。すると次第に壁であった部分が脇へ開かれ、正面に手すりも何もついていないバルコニーのようなものが現れる。
「レッセイ、おいで」
 外に出た男がドラゴンに声を掛ける。
「ギュルルーイッ」
 喉を鳴らし、ドラゴンが頭をゆっくり持ち上げ立ち上がった。
 鋭い太い爪の三本指の足が後ろへと向きを変えるだけで、石床の上で擦れて、傷をつけそうな勢いだが、特殊な石なのか、傷一つ見当たらない。
 そして、緩慢な動作でドラゴンは、男のいる広いバルコニーに出ていった。
「リーゼ様、ユアーナを連れて参りました」
 ティユという凛々しい女剣士が、ひとりの綺麗な女性を連れてその部屋へやってきた。
「ありがとうティユ。セウリラーザ様、ギウォーグ様。これから先、お二人をご案内するの者を紹介しておきますわね」
 にっこり微笑みティユの横に立つ女性の手を引いてふたりの前に戻った。
「ユアーナと申します。安心して私に任せて下さいましな。ドラゴンの操りは馬を操るよりは多少難しくはございますが、どうぞご安心下さい。無事、ティリロモスへお連れ致しましょう」
 黒髪の女性は細く微笑みを浮かべると、軽く会釈した。
 

 いよいよ彼等の目指すティリロモスまであと一歩。
 ドラゴンは翼を広げ大きく羽ばたき、大空へ飛び上がった。
 
 ネルナーサ、もうすぐ言える……。
 

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