僕等を繋ぐ物
〜あなたへ募る愛しさ抱きしめ〜
5 訪問


 ドラゴンはゆっくりと大きく旋回しながら低空飛行を続けている。
「さぁ、ここがティリロモスですわ。あの大きな建物、ひとつが光の神。隣が闇の女神の住まう場所。とは言っても、今では光の神のみが存在するだけですけれど」
 ユアーナは言いながらドラゴンを地上に下ろすように誘導していく。
 ティリロモスの大地は噂に聞くほど美しいとは思えなかった。ヌグロスの方がよっぽど緑豊かな恵みの深い土地のように思える。
 ドラゴンは殺伐とした風景の中に砂埃を舞い上げながらその翼を閉じると、首を下へ曲げて彼等が降りるのを待っている。
「私はここでお待ちしております。何時でもお声を掛けて下さいましね。カリュッセへいつでもお送り致しますわ」
 にっこり微笑んだ彼女に礼を述べてから彼等は城へ向かった。
 城は彼等が来るのを待ち構えていたとでも言うように、その門を大きくあけ次女達が三人ほど出迎えのために立っていた。
「お待ち申し上げておりました。城主がお待ちです。こちらへ」
 何の感情もない声で、彼等を誘導する次女達は皆白い長い衣に身を包み、ひとつの音も発てずに歩いていく。
 緊張した面持ちのまま、彼等はある部屋へ通された。
「よくぞ参られた。セウリラーザ殿、ギウォーグ殿。我が城、我が場所へようこそ。ティリロモスは気に入って頂けそうか?」
 眩しいほどの輝きを放つ凛とした男性の柔らかい声がふたりを迎えた。
 ギウォーグの表情が堅い。全身に警戒の色をあらわにしている。セウリラーザよりも彼は彼がデューリシオスであった頃の記憶を持っているためであろう。
 かつて、彼等からルヴェリーゼを奪い去った張本人を眼の前にしているのだ。その緊張もまた蘇る。
「たいした持て成しも出来ないが、寛いでほしい。ギウォーグ殿、そなたも楽にするがいい。同じ過ちを繰り返すほど、そこまで私も愚かではないつもりだ」
 自嘲気味な微笑みを浮かべ、彼等に座るように指示した。
 ふたりはアシフェルの前に並んで腰を下ろすと、眼の前に座る神の姿を見詰めた。
「ネルナーサ殿はどちらに? 私は直接ネルナーサ殿にお約束致しました。再び私が彼と出会い、彼が覚えていたら言葉を伝えると。そして私は彼に出会い、彼の意思を確かめここまでやってきた。あの言葉を伝えぬかぎり、寛ぐことなどできないと、そうご察し願えれば幸かと存じます。光神アシフェル様」
 ギウォーグは真剣な瞳を向ける。
「私はネルナーサが生まれてすぐ、ここへ連れてきた。あれはここで育った。十四の歳になる今まで一度もヌグロスへは降りたっていないはずだが?」
 まるでギウォーグの言葉を確かめるように彼は聞いた。
「それは……」
 ギウォーグが答えようとしたその時扉が開いた。
「それは私からご説明致しますわ、兄様……」
 静かに黒い髪を床まで長く這わせ、長い睫を伏せたまま、少女はアシフェルの隣へと座った。
「ネルナーサ……?」
 アシフェルが問い掛ける。
 先程までの落ち着きのない様子が嘘のように、今の彼女はいつもに増して落ち着き払っているように見えた。
セウリラーザが息を飲む。初めて見る姿に彼ははっと息を飲んだ。
「私は、いいえルヴェリーゼはいちはやくデューリシオス様の魂の輝きを見付けることができました。幼い頃よりギウォーグ様の中にはデューリシオス様が目覚めておいでだった。
そこで私は唄を歌いましたわ。デューリシオス様に届くよう思いが伝わるよう」
 祈るように胸の前に両手を組み、目を瞑る。そして言葉は、ギウォーグが引き継いだ。
「私の中に目覚めていたデューリシオスは唄を、微かな響きを耳にしたその時、確かに思いを読みとっていた。それほどまでにルヴェリーゼ様の思いは貴く、強かったのだろう」
 さらにまたネルナーサが語り始めた。
「兄様の覗かれる鏡、水晶の鏡の中である日、私はライダに眠るひとつの肖像画を覗き見ましたわ。そして……見付けたのです。ラリアディス様の、誓いの言葉を……。私の中でルヴェリーゼが激しく反応しましたわ。それで、ラリアディス様かデューリシオス様のどちらかの魂を探したのですが、記憶を目覚めさせていらしたのはギウォーグ様だけでした。
でもデューリシオス様ならば、必ずルヴェリーゼの思いを受け取ってもらえると、そう信じていましたの」
 少女は真剣な瞳でそこにいる少年を見つめた。
 少年もまた、真剣な表情をしている。
「あの日伝えられなかった言葉を伝えるために、あの誓いを守るために記憶などなくともセウリラーザはやって来た。そして我らは再び、貴方の前に招かざる客と知りながらもやって参りました。一度目は ヌグロスの呪われた聖域、魔皇子と称する貴方の城へ。そして二度目。ティリロモス、神の住まう大地にある貴方の城へ。一度目の訪問より、数百の時が過ぎ行きました。それでもまだ、彼等をお許しにはなられませんか? 貴方にとっての数百年はお心を動かすには至らぬほど短な物だったのでしょうか。どのようなお心を持って、我らをこの城へ招き入れて下さったかは存じませんが、どうぞ再びあのような結末だけは……もう、二度と……」
 静かに語っているのはギウォーグだった。しかし、言葉の断片を紡いでいるのは主人を思う忠義な幻影なのだろう。
 何も彼もを見ていた人物。最後までその使命を守り通した男。それだけに言葉のひとつひとつが彼等を取り巻く。
「なぜだ……? なぜそれほどまでに我が身ではなくラリアディスを思い、彼に固執する? そなた自身の幸せをなぜ考えぬ……」
 アシフェルはギウォーグの黒い瞳の奥をじっと見つめながら問うた。
「ラリアディスの幸せを願うことは、我が身の幸せを願うと変わらぬもの。固執するのは 私が認めた者だから。そして私がなにより彼の影でありたいと、そう願ったからだ。愛するという形は様々だろうと考える。私のように固執し続け、影になり見守ることも愛するという言葉のもつ意味のひとつなのだろうと……。アシフェル殿、縛るだけが、側に置くだけが全てではないはず……」
 不意にアシフェルが笑い出した。
 誰もがその場のアシフェルを見つめた。
「心配はいらぬ。ギウォーグ、まことにその通りだ……。私はメイジスラジアを手放したくなかっただけなのだ。愛するがゆえに、何も見えなかった。いいや、見ようとしなかったのだ。どれ程自分が愚かしいものか知ることが怖かったのだ。しかし二度も、メイジスラジアを失って私はようやく見ることができた。もう、かつて私を愛し、慕ってくれたメイジスラジアはどこにもいないのだと……。ネルナーサ、セウリラーザ、そしてギウォーグ。よくお聴き。私はこのところずっと考えていた。ようやく決心したところだ。ルヴェリーゼの最後の言葉、再び目覚めた後祝福を、というあの言葉を私はここで果たそうと思っている。見守ることも愛だとギウォーグは言うのだ。ならば私の愛も永遠に続くだろう。
 さぁ、お行きネルナーサ。そして永遠にそなたは我の掛け替えのない妹だということを、忘れてはいけないよ」

 伝えられぬ思いを君に 愛の形は様々すぎて
 きっとどこかで 見つめているから
 愛している と 伝えたい                           
 静かな時の中でアシフェルは再びただひとりの時間をティリロモスの城で過ごしている。時折水晶の鏡に映る幸せな風景を眺め、彼は微笑む。
 窓の外にドラゴンが螺旋を描き低空飛行する姿を見付け、彼はその表情に柔らかな笑みを浮かべそこから舞い降りてくる人物を待つ。
 妹が去り、その姿を水晶の鏡に映し眺める他に、時折ドラゴンに乗ってやってくるひとりの女性だけが彼の楽しみとなっていた。
 女性は黒く艶やかな髪を翻し、闇の色に染まった大きな翼を広げ、彼の座る部屋へ飛び込んで来る。
「アシフェル様っ!!」
 見た目の淑やかさからは伺えない、跳ね回る光の輪のような女性はにっこりと笑った。
「ユアーナ……。今日はどうしたね?」
 いつものように彼は彼女に微笑んだ。


 地上では数年の時が流れていた。


 彼等は滅びの大地に数百の時を経た今、新たなライダを築くために立っていた。
 これよりさらに数年の後に、ライダの小さな国の若き王ラリアディスと王妃ルヴェリーゼの肖像画の隣に、ライダの復興を成した若き国王セウリラーザと王妃ネルナーサの仲良く寄り添った肖像画が並ぶことになる。
 そして『王国復興伝承を記す書』によれば、必ず王と王妃を支える影のたる人物がいたという。今では名も語られることのない人物が……。



   愛している 君に出会ったあの晩から
    君の歌を聞いたあの夜から
   君のために 僕は生まれる
    今までも そして これからも 永久に……





             {僕等を繋ぐもの〜あなたへ募る愛しさ抱き締め〜}終わり





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