◇◇ 天罰を与える者 ◇◇
僕は、いつの頃から不思議に思っていた。
彼女と歩くと、必ずと言っていいほど、不慮の事故に遭遇する。
確かに、毎日のニュースや新聞で見る限り、確実に何らかの事故が起こり、何人もの命が失われている。
それに緊急病棟の特集番組などを見る限り、秒刻みで何かしらの事故が発生しているような緊迫感が漂っている。
だけど…、だけどそんな場面に遭遇する確率は、実に低い筈だ。
まぁ、宝くじの一等前後賞合わせて3億円が当たる確率よりは、かなり高いかもしれないけれど、それにしたってその程度だろう。
なのに、彼女と歩くたびに、確率は上がっていく。しかも、どう見ても即死…と思われる不慮の事故が頻繁に起こっている。
その度に、彼女は僕の袖を掴んで、後ろに隠れ、恐る恐るといった具合に、様子を窺っていた。
女の子には、刺激が強すぎる。
嫌、僕にだって、充分すぎる刺激だ。何度見たって、馴れる類の物ではない。
ところが、僕はつい最近気付いたのだが、彼女はその様子を僕の影に隠れて見ながら、何かを呟いている。
良くは聞き取れないのだが、どうも可愛そうとか、酷い…とか、そう言う、女の子なら誰もが言いそうな言葉ではないような気がして、事故よりもむしろ彼女に注意を払うようになった。
「きゃっ」
前を歩いていた彼女が、突然バランスを崩して後ろに倒れかけた。
如何にも図々しげな中年女性が、友人らしき人物とのお喋りに夢中になり、彼女を突き飛ばすような勢いでぶつかってきたのだ。
慌てて僕が彼女を受け止めると、彼女にぶつかった女性は僕と彼女を交互に見やるり、如何にも楽しい時間を邪魔するんじゃないわよと言う顔つきで、謝りもせずに鼻を鳴らし過ぎていった。
「何だよ、アレ。気分悪いなぁ、大丈夫?」
と、彼女に向き直ったとき、僕はハッとした。
「いったーいっ」
と顔をしかめる彼女の声に重なって、はっきりともう一つの声が聞こえた。確かに彼女の声で、『死んじゃえ』と…。
次の瞬間、後ろで沢山の悲鳴が聞こえ、僕達が振り向くと、近くの地下鉄の入り口に、大勢の人だかりが出来ていた。
誰かが、落ちた…。
そんな内容の声が遠くから聞こえる……。
それでも直ぐに状況を判断した僕は、彼女の様子を窺った。
一番取り乱している女性は、さっきぶつかってきた女性と一緒にいた人だった。足を踏み外した、と彼女は半狂乱になりながら、辺りに叫いている。
その時、僕は見た。
彼女の顔が冷たく微笑んでいるのを…。
そして、その口は、確かにこう動いた。
「天罰よ…」
僕は思い出していた。
今までの沢山の不慮の事故。
その犠牲者は彼女に何かしら関わっていた…。
そして、僕も、いつか彼女によって、天罰が下るのかもしれないと、そんな予感がした…。
*** ひかるあしあと ***
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