私は静かに横たわり、虚空を眺むる。
一面の薔薇の香りにその身を預け、長いながい吐息の果てに一度の瞬きをする。
誰かが見つけてくれるまで、私はこの場を動けない。滅びの時はすぐそこに、ほんの少しこの腕を伸ばし、指先を反らせば届く。僅かに触れた震動で、簡単に綻んでしまう傷口を、誰が繕えると言うのでしょう。
けれど、この果てなく続く孤独は終わらない。幾度の滅びの中にも、私は独り薔薇に囲われ微笑む事も悲しむ事さえ忘れて眠る。
私に許される自由は、眠る事と、夢見る事。そして、世界の綻びを眺めながら芳しい香りに酔いしれる。
私は、私を知らない。夢見る世界の中でさえ、誰も私の名を呼ばない。誰も、この手を握ってはくれない。
時折、見知らぬ世界にいる夢を見る。
幾人かの気配が近くを行き交い、一人、二人が、振り返る。けれど、私はそこにはいない。私に気を止めてくれる、その行為が嬉しい。なのに、私に気付かないで行過ぎてしまう。だから、これは悲しい夢。
夢から覚めて、深紅の薔薇を見る。これが、薔薇という物なのか、私は本当の事を知らない。何故これを薔薇と呼ぶのか、言葉など無用なこの場所で、私の知らない知識が溢れている。
誰が、私に教えてくれたのかしら。
誰が、私が孤独だと囁いたのかしら。
誰が、私の名を呼んでくれたのかしら。
私は、何故、此処にいるのかしら……。
悲しい夢から目覚めた日、私は透明でキラキラ光る朝露の如き真紅の涙を流す。真紅の涙は大地を染めて、新しい薔薇が咲き乱れ、雨となって地上に降り注ぐ。
涙を流す意味など知らず、誰の為に無くのかも分からず、ただ、夢の世界が崩壊して行く事を知る。
私は偽り。
──お前は滅びの為にある。
私は幻。
──お前は無力。
私は影。
──お前は永久に泣く。
はらはらと零れ落ちる涙の向こうに、陽炎のような人影が、真っ赤な口を裂いて笑っている。
一人ではこの傷を塞げない。また少し、綻びが広がって、耐え切れなくなった欠片が、音もなく散って行く。
誰か、悲しい夢を終わらせて。
私の名を呼んで。
私を、この呪縛から解き放って。
独りきりでは何も出来ない。
どうぞ私の手を、握り返して──!
空に向かい、溢れる涙を堪え両の手を差し伸べた時、私は新しい風の音を聞く。
それは、温かな息吹──。
END