■第十章■
01 六韜三略
 オルレーヌと別れ、竜の目撃があっと言うマルコシアス山を目指し歩く一行の後を、しつこく付け回す気配があることを、バールベリトはいちはやく感じていた。
 最初に気が付いたのは、マル・ベートを離れ、オルレーヌを見送った後に立ち寄った途中の宿場町に宿泊している時だった。
 あれから三つの町を越え、半年の月日が立つ。
 比較的のんびりしたペースを守って旅を続ける彼等に、飽きもせずなんのコンタクトもとろうとせずに付いてくるのだ。相当の根性の持ち主だと思われた。
 一応マルコシアス山に向かってはいたが、すでにその地にジャスティスがいないことを彼等は知っていた。もしそのまま滞在しているなら世の中はもっと噂ばなしで持ちきりのはずだった。しかも目撃されたことに気が付かないほど呑気ではあるまい。
 したがってもうすでに竜はその山にいない。それにもうひとつ急ぐ必要がない理由がある。それはさらわれた少年の安否を気遣う必要がないということだ。
 命を奪われる心配がない。絶対をつけても構わない。そして彼等はただ、おじを説得させ、竜王国に帰ればいいだけのこと。そんなこんなもあって、口と行動は別だった。
 急ぐ急ぐと言いながら、珍しい催しや、各地で開かれる祭り類いを、のんびり見学しながら歩いている始末だ。
 そんな彼等の観光の旅と言っても過言ではない行動に、じっくり付いてくる物好きが、どんな人間なのか、ようやくバールベリト意識がその奇特な人間に回され始めた。
 と、言うよりどこまで付いてくるのか、彼は益々そのペースを落としてできるだけのんびりと、あちこちを巡って観光に力を注いでいるという雰囲気であった。
「フォルネウス、ちょっと」
 彼は露店を見て歩く弟を呼び寄せ、不自然にならない程度に耳打ちした。
「え? いいけど。じゃぁ、アタールに何か買ってあげてもいい?」
 彼のその返事に、バールベリトは優しくそして楽しそうな笑みを浮かべ頷いて見せた。
「では、後で」
「うん」
 少年は元気に頷いて、少し離れた場所で待っていたアタールのもとへ駆け寄った。
 お兄さまがね、二人だけで歩いておいでって」
 単刀直入に必要な部分だけをアタールに告げると、その手を取ってもうすっかり慣れた人込みに分け入って行く。
「さて今度はアガレスだ。おいで」
 彼の笑顔に未だドキドキと、心臓が痛むほど激しく打つ鼓動を続けるアガレスは、息がつまりそうになりつつもその指示に従った。
 今度は誰が見ても耳打ちしているというポーズ、耳元に口を寄せてくすぐるように息がかかるほど近付き、バールベリトは何かを囁いた。
 卒倒しそうな至近距離に堪え忍び、その耳元で囁かれた内容に一生懸命意識を集中させる。そうでもしなければ彼の身が持たない。
 そんなこんなでようやく話の内容に頷き返すと、その場から慌てて三歩引いた。
「アガレス、大丈夫?」
 クスクスとその情景に笑いながら、すっかり彼等の関係を飲み込んだソフィアが同情にもならない声をかける。
「だ、大丈夫だよ……」
 それに力のない笑いを添えて答えるアガレスの様子は、確かに大丈夫ではないように見えた。バールベリトが目論んだのは、しつこく半年も追い回す相手の、目的が何なのか、または誰にあるのかを知るための別行動だった。


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