■02 勇往邁進■
その日の夜だった。月の輝く、寒々しい夜空。
蒼く、月の光をその翼に受けて羽ばたく一頭の竜。
 キラキラと光を纏い、今宵の夜空を駆けるに相応しい凛々しい姿。
 音さえ、羽ばたく音さえ忘れてしまうほどに美しい。
次第に夜の闇へと溶け込んで行く姿を追って、小さく、それでも堂々とした竜が三頭、飛び立った。
固まるように飛ぶ三頭は、夜の闇に溶け入りそうな蒼い竜を目指し羽ばたく。
 追い付くことは無理だった。追い付いてはいけなかった。
 しかし、見失うことだけは避けなければならない。けしてその姿を逃がしてはいけなかった。ライトクリアゴールドに輝く竜を先陣に、アイボリーホワイトの竜とティールブルーの竜が続いて並ぶ。
 彼等は皆、それぞれが必死に蒼い竜を捕らえて放さない。
その様子を意図的に確認していたのは、ただひとりだけだった。
当然、夜空を見ていた者があれば、その姿を目にした者もいるだろうが、それがどんな意味を持つのか、誰にもわからない。まして、偶然に見た者達にはどうでもいい出来事なのだから。


「陛下? どうなさいまして? 子供達の姿がどこにも見当たりませんの、お心当たりございませんかしら」
 ふんわりとショールに風を受けながら、アタラクシアがバルコニーへやってきた。
「月が、あまりに月が美しい夜だと思ってね」
 言われるままに夜空を見上げ、眩しさに眼を細めた。
「まあ本当。でも、なんて寒々しいのでしょうね」
 横に並んだアタラクシアもまた、ライウェンの見つめていた空を見渡し、そっと肩に寄り掛かる。
 そこは、静かに冴え渡る夜空と、ただひとつの大きな白い月が、仄かに輝いているだけの、静寂だけが支配する領域。
「さあ、あまり長く月の光りを浴びていると、その美しさに狂気してしまう」
 彼は冗談ぽく笑うと、アタラクシアを連れ部屋に戻り窓を閉めた。窓の外から、それでもなお覗く月を覆うように、厚いカーテンを引く。途端にその光りは嘘のように遮られ、世界は一変した。
 確かにこんな月夜の晩は、空気までもが乱舞し、浮かれたっているような、何か心を不安にさせるような気がした。
アタラクシアの中でサワサワと波風が立ったような気がした。
「陛下、なんだか、良くないことが起こりそうな、なんだか落ち着きませんわ」
 それは、アタラクシアが子供の身を案じての本能なのか、不安に満ちた瞳を泳がせている。
「全て旨く行く。なにも心配はいらない」
 アタラクシアに背を向けて、厚いカーテンの向こうを見つめながら、ライウェンは言い聞かせるように、ゆっくりと確かな声音で呟いた。

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