■ 第一章 ■
竜王国年代記 一部
竜王歴 一五一年

 歳若き竜王が即位して間もなき日。
若干十六歳の竜王ライウェンと、幼き日より竜姫と定められし娘、アタラクシアの正式な婚約の儀が執り行なわれるまで、あと十二日。
幸せな平凡な日々の突然の崩壊。
 謁見の間で、彼等は多くの民の些細な報告に耳を傾け、頷き、微笑み、時には生まれたばかりの赤ん坊の名付け親として名を与えていた。それが代々彼等に伝わる大切な公務でもあり、彼等の民とのより親密な関係を結ぶ大切な時間だということは記すまでもない。
 ……悲劇は、突然訪れる。
夕暮れも近付いた時刻。謁見の広間には、その日の最後の民等数名だけが残り、静かに穏やかなまま時が経過しているかに見えた。
その男の来るまでは、それは確かに平穏ないつもの光景として我らには映っていた。

竜王歴一五二年

二人の屈強な側近の目の前で、時の王を亡くした竜の国は、急速に衰弱の一途を辿る。 竜王不在の代理として王の姉、アクラシエルが第一五二代竜王として玉座を守る。
この間、すでに人間界においては数百年の時を数える。この僅かな時を隔てただけとは思えない程、この国は脆く、危うい状態にまで落ち込んでいた。
 崩壊、すなわち種の絶滅は、時間の問題と思われた。
 その間、彼等二人の忠実な側近たちは、長い長い時の中を、竜王と竜姫の転生してくるのだけをひたすらに待ち続けていた。
 どれだけの長い時間を過ごしただろうか、二人は先ず、竜姫を見つけた。
 そして、運命により導かれるままに、竜王の現れるのを待った。
 人間として生まれた彼等に、竜族であった頃の記憶は望めない。
 弟ジャスティスは、人として生まれて来た竜姫の友として、兄セティーソワルは、彼女により近い存在となるべくして、人としての生活を営む為に下国する。
 彼等はともに機会を伺っていた。
人である竜姫とやはり人間としての竜王の出会う時を、彼らは待ち望んでいた。
その機会は訪れ、二人は記憶を取り戻し、再び竜族の、あの美しい金色の瞳を取り戻すに至った。
 しかし、彼等が本当の覚醒を遂げるには、王の一族に与えられた血の力が必要だった。 血縁者の血が流される。
 それは彼等が彼等の国から消えた時より定められた運命でもあった。
 一人の男の血が、彼等を蘇らせる。竜王と竜姫、彼等の帰還だけを希望として生きる国へ、民のもとへ送り届ける任を終えた男は、安心したように命の灯火を静かに消した。
 竜王と竜姫の二人に血を分け、竜の国へ飛んだ碧い竜。
 死の間際、ジャスティスにこの国と、彼等を任せて尽きた命。セティーソワルの静かな最後だった。
 竜王歴一五三代目の始まりはこうして幕を開ける。

 時は流れ流れて。

竜王歴一五三年

 竜の国は見事な復興を遂げ、何事もなかったように彼等は振る舞う。
 ただ、ジャスティスは兄の望みとは裏腹に、時を溯らせ、兄の面影を追い求めていた。竜王は、側近を当時の二人を配置したまま、名ばかりの護衛を付けているのみであった。


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